大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)302号 判決

被告人 松原京子

〔抄 録〕

よつて検察官の控訴趣意につき考察するのに、被害者泉沢貞子が、昭和二十五年五月上旬淋毒性子宮内膜炎、淋毒性卵管炎限局性腹膜炎等の病名下に被告人の治療を受け、同月十七日午前二時四十五分館山市長順賀百九十六番地館山病院において破傷風菌により死亡したことは証拠上明白である。而して、被告人が、右治療の際内子宮口の糜爛面等を除去するについて採つた措置に多少粗略なもののあつたことも記録上必ずしもこれを否定できないものがないとはいえない。然しながら、右死亡の原因を為した破傷風菌が、果して被告人の右治療に際し被害者の体内に侵入するの機会を得たものであるか何うかを考察するのに、記録によれば、予ねて、姙娠四ケ月の身重で、その処置に苦慮していた未婚の被害者は、昭和二十五年四月末頃実姉の鈴木安子に姙娠の事実を打ち開け、同年五月二日頃同女から、「愈々となれば、医学の進んだ今日如何なる処置でもできるから安心するように、若し医者にかかるなら西の浜の赤門医者が好い」などと話されたことがあつて以来すなわち同月三日以降死亡の日までその勤務先を欠勤している事実が明らかなところ、原審は、被害者において被告人の治療を受けた初日を同月五日頃と認定しているが、被告人が、当時作成したものと思料される診療録の記載、原審証人泉沢由太郎、同鈴木安子、同泉沢戻子、同島野みつの各証言及び福原福子作成名義の昭和二十六年十月十六日附上申書と題する書面の記載等を綜合するときはその五月八日たることを認め得べく、従つて被害者は、五月三日以来被告人方に入院治療の時まで約五日の間欠勤していて果してその間何をしていたのか、或いは、何人かに墮胎手術を受けた事実があり、この時すでに破傷風菌の侵入を見たのではないかとの疑を持たざるを得ない事情もあつて、被害者死亡の原因を為した破傷風菌侵入の機会が、果して被告人の前記治療の際生じたものであるか何うかは証拠に照らしついにこれを確認することができない。果して然らば、本件公訴事実は、その証明が充分でないということになり、被告人は、無罪であると言わざるを得ない。原審が、本件公訴事実につき、被告人を無罪としたことは窮極において正当であり、検察官の論旨は理由がない。

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